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隠し部屋

 

日本昔話

 

「人形と兄」

 

 

昔々遠い昔、仲の良い兄弟が山に住んでおりました。

 

「お〜い、三郎〜」 遠くのほうで俺を呼ぶ声がする。

「お〜い。いないのか〜?」

 

まただ。いいかげん黙ってくれ。

 

「・・ぉ〜ぃ」

 

小さくなってきた。諦めやがったか。

毎晩同じ夢を見る。毎晩毎晩同じだ。

それがどういう意味なのか・・・俺は気付いてなかった。いや、本当は・・俺は・・・。

 

 

「起きろよ。朝だぞ」

誰かの呼び声で目を覚ます。あぁ、兄貴か。

「ん・・・。おはよう・・・」

「今日は買出しに行くぞ。チャッチャと準備してくれよ」

「ん・・?あぁ、はいはい。分かったよ」

「面倒くさそうに・・・」

兄貴は怒るわけでもなく、ただ少しだけ笑った。

 

 

都では様々なものがそろう。菓子から家具まで何でもだ。

兄貴は趣味の類は特に無く、淡々と必要なものだけを選別してゆく。

俺はというとその後ろをついて周り、たまに自分のものを買うだけだ。

 

しかしながら・・・俺とて趣味はある。あまり口に出したくは無いが、人形が好きなのだ。

日本人形から紙人形まで、数は無いが少しずつ集めている。

今日も2つ、人形を買った。

髪の長い女の人形と、小さな木の人形だ。

「お前、まだそんなもん集めてるのか」

突然あきれたように兄貴が言う。

「まったく・・・誰のせいなんだよ」

俺は少し苦笑いを浮かべながら返答する。

「こっちだってな、お前がそこまで熱心に集めるとは思ってなかったんだよ」

「兄貴の誤算だろ」

俺が人形を集め出したのも、全ては兄貴のおかげだ。

 

まだ小さかった俺が風邪をこじらせたとき、兄貴は血相変えて都へ飛んでいった

しかし買ってきたものは・・・風邪薬と人形だった。

「・・・兄ちゃん・・・この人形は何なの?」

「いや、お袋だと思って抱いててくれ」

「い、いらないよ・・・女じゃあるまいし・・・」

「いいから、ほら。せっかく買ってきたんだ」

「・・・」

 

俺はこのとき、実は嬉しかったのを良く覚えている。

お袋が死んでから、畑仕事やらなんやらは全部俺達二人だけでやってきた。

俺はいつもお袋のことを思い出すと泣きそうになった。

でもそんなときは人形を見て、人形を抱いて・・・。

 

 

「おい、もう買うもんがないなら帰るぞ」

「あ、あぁ・・」

突然の声に少々戸惑ったが、兄貴は別段気にしている様子も無かった。

 

 

数日後、兄貴が熱を出した。

「薬買ってくるけど・・・他には何か欲しいものはあるか?」

「いや・・あ、ちょっとまて」

「ん?早く言えよ。さっさと行ってくるからさ」

「人形を・・・買ってきてくれないか?」

「人形・・・?」

「げふ・・うむ。何でも良いから買ってきてくれ」

「?・・・あぁ分かったよ」

俺は兄貴の財布を持って都へと向かった。

 

 

薬を手っ取り早く買い、人形をいそいそと探していたところ、手ごろなものが見つかった。

しかし・・・なぜかそれを買う気にはなれなかった。

俺はなぜか骨董屋へと向かっていた。

店の隅にホコリをかぶった日本人形が置かれていた。

「オヤジ、この人形はいくらだ?」

俺は返事に驚いた。このボロくさい人形がべらぼうに高かったのだ。

財布の中身を見たがギリギリ買える値段だ。

迷ったが今ここでこれを手に入れないと、二度とめぐり会えないような気がした。

「よし、買おう」

 

 

家に戻ると兄貴は不思議そうな顔で俺を見た。

「ほら、買ってきたぞ」

「ん・・・あぁ・・」

「どうかしたのか・・?」

「げふ・・・いや・・・」

「なんだよ、気になるから話してくれよ」

観念したように兄貴は口を開いた。

「お前・・その人形どこで買った?」

「ん?骨董屋だよ。高かったんだぜ、これ」

「骨董屋か・・・」

「どうしたんだよ?気に入らなかったのか?」

「いや・・・良いんだ・・ありがとう」

「兄貴の金が減ったんだ。礼なんて良いさ」

「げふげふ・・・」

「ほら、今おかゆ作るから、食ったら薬飲んで寝てろよ」

「すまないな・・・」

「気にするなよ」

 

 

「ほら、出来たぜ」

「・・あぁ・・・」

「そういえば・・・昔こんなことがあったな」

「・・・・お前が風邪こじらせたときか?」

「あのときは兄貴が看病してくれたっけな」

「お袋が死んで・・・世話焼くヤツがいなかったからな・・・げふ・・」

「兄貴らしいな。まぁとりあえず食え。味の保障は無いが」

「ふふ・・・味など気にしないさ」

 

少し笑って兄貴は食べ始めた。

「あつ・・」

「もう少しさましたほうが良かったか?」

「いや・・・これぐらいでちょうど良いさ」

「そか・・」

 

沈黙。

 

「なぁ」

兄貴が突然話し掛けてくる。

「ん?まさか食った後でまずいとか言い出すんじゃないだろうな」

「いや、まずかったが美味かったよ」

「どういうことだか」

「まぁそれは良いんだ・・ごふ・・・こういうときしか話せないし、今日は話し相手になってくれないか?」

兄貴の提案。

突然こんなことを言い出す兄貴を少し不思議に思ったが、俺も悪くは無いと思った

最近は忙しくて夕食のときぐらいしか話さなくなっていたから。

「仕方ない。付き合ってやるよ。そのかわり明日はゆっくりしてろよ」

照れ隠しにわざとそっけない返事をしたが、兄貴は嬉しそうだった。

 

 

どれぐらい話しただろうか。

お袋のこと、親父のこと、畑のこと、これからのこと・・・。

でも兄貴はこれからのことは言わなかった。

俺にはそれがなにを意味するのか、このとき気付かなかった。

 

いや、本当は気付いていたのかもしれない。

それでも気付かないようにしていたのかもしれない・・・。

 

「あの人形な・・・」

兄貴が不思議そうな目で見ていた、人形のことになった。

「なんだ?髪の毛でも伸びるのか?」

「はは・・・そういう物の怪の類じゃないさ」

「じゃあなんなんだよ」

「あれな・・・お袋が持ってた人形に似てるんだよ」

「お袋、人形持ってたのか?」

「あぁ、お前が生まれる前に持っていたよ」

「兄貴が5つのときか・・」

「そのときな、ちょっと不作だったものだから、俺のためにお袋はその人形、売っ払ったんだよ」

「へぇ、そういうことがあったのか」

「お袋は大事にしてたんだろうな。その人形の手入れは毎晩していたよ」

「そうか・・・」

「でな、実はお前が風邪こじらせたとき、俺本当はその人形買ってくるつもりだったんだよ。お袋が大事にしていたからな」

「でも無かった というわけか」

「そう・・ごほ・・探して回ったが見つからなくてな・・・」

「売れちまったんだろうぜ」

「そうかもしれないな・・・でもな、その人形は本当によく似てる」

兄貴が指差した先には、今日俺が買ってきた人形。

 

「目が・・・似てるんだよ」

「目・・・?」

「お袋の目に似てる・・・あの人形はお袋に似てたんだ・・・俺は今でも覚えているよ・・・」

「お袋の目か・・・そういえば似ているかもな」

 

兄貴は目が似てる、目が似てると繰り返し、きっとその人形はお袋の人形だと言った。

俺はそのときは偶然さ、と言ったが内心、そうかもしれない。いや、そうであってほしいと思った。

 

 

 

3日後、兄貴は死んだ。

金が無いため盛大な葬式をするわけにもいかず、たった二人、今まで一緒に生きてきた俺と兄貴だけの葬式になった。

 

「兄貴、参列者がいないってのも良いな」

 

思う存分泣けるから。

 

「兄貴、俺楽しかったよ」

 

俺はわかっていた。

兄貴が人形を買ってくれと言ったわけも、兄貴がこれからのことを話さなかったわけも。

だから俺は信じなかった。自分の中で俺はそれを振り払っていた。

 

「兄貴・・・人形、大事にするよ。これはお袋のだからな・・・」

 

自分で買いにいけない兄貴は、自分が死ぬことを見越して俺に最後の贈り物をしてくれた。

 

「でもさ・・・兄貴・・・」

俺は兄貴に生きていて欲しかったよ。お袋の人形が見つからなくても、俺は兄貴に生きていて欲しかった。今までずっと一緒だったから・・・。でも・・それでも・・・。

 

「兄貴、俺は迷惑ばかりかけてたけど、兄貴が好きだった。尊敬してたんだぜ。生きてるうちはこんなこと言うまいと思っていたけど・・・」

 

「わかってたさ」

 

「兄貴・・・」

 

勘違いかもしれない。空耳かもしれない。でも聞こえたんだ。兄貴の声が。

葬式もひっそりと終わり、俺は墓を立てた。

兄貴と・・・そして俺の墓を。 2つ並んだ小さな墓石。

俺は泣かなかった。なにかあったら人形を家族だと思って生きるよ。

それが人形でも、俺は・・・。

 

「綺麗な青空だ・・・」

 

 

空は真っ青な秋晴れだった。

 

 

 

 

おわり

 

 

 

 

これがフィギュアヲタクの始まりだと伝えられている

 

 

 

 

 

−選択肢−

 

こんなところはもうたくさんだ。俺は帰る。

 

あえて次のを読む。

 

 

 

 

 

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